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服づくりのスペシャリスト対談
ファーイーストカンパニーの創業間もない頃から、ANAYIを育て上げてきた
スペシャリストの3人に服づくりにかける想いをお聞きしました。
K.T.(左)
1998年入社
商品部部長(ANAYI商品部)
ANAYI立ち上げ当初から生産管理に従事。2016年よりallurevilleへ異動した後に現職。パートナー工場との調整などを一手に引き受け、店頭への安定供給を支える。
K.E.(右奥)
2002年入社
エグゼクティブディレクター
(ANAYI商品部企画課)
ブランド初期からデザイナーとして関わり、トレンチコートやツイードといった数々の代表作を生み出す。現在の地位を築くまでANAYIを育て上げた立役者の一人。
N.K.(右手前)
1997年入社
チーフパタンナー
(ANAYI商品部アトリエ課)
創業間もない頃にパタンナーとして入社後、チーフパタンナーとしてアトリエ課を率い、ANAYIの歴史とともにキャリアを重ねてきた。
創業当時のエピソード
いいものをつくる。
はじまりは、熱い想い。
特に思い入れのある一着はありますか?

K.E.
思い出深い服はたくさんありますが、ひとつあげるとしたら入社して1年目くらいの頃に、K.N.さんとつくったトレンチコート。それまでのANAYIのフォルムとまったく違うものをデザインしたんです。ANAYIで評価してもらえるか、お客さまに受け入れられるかはわからなかったけれど、とにかくいいものをつくりたいという一心でした。

N.K.
そのコートはパターンも新しく起こして、何度も打ち合わせしましたね。当時は薄手でエレガント寄りのコートが多かったのですが、E.K.さんがデザインしてくれたのは、ちゃんとしたトレンチの素材感がありながら、ANAYIらしいエレガントさもあるトレンチコート。シルエットやフォルムを思い切って変えて、生地を補強する接着芯の厚みひとつにもこだわって。「これなら私も欲しい!」そう心から思えるトレンチコートができたという手応えがありました。

K.T.
その後、ANAYIのトレンチコートが爆発的に売れて、一時期どの店舗に行っても在庫がないような状況にもなりましたね。

N.K.
お店に行くと4〜5名のお客さまが試着していたこともありました。

K.E.
あれから20年近く経ちますが、あの時のトレンチコートは、今も私のクローゼットの中に大切に保管してあります。

K.T.
そのほかにANAYIを象徴するアイテムといえば、やはりツイードでしょうか。甘いものと辛いもの、エレガンスとマニッシュのバランスが定まってきたのが、ツイードが出始めてからですよね。

K.E.
毎回素材からつくっていくというブランドの軸が確定したのも、ツイードがきっかけになっていると思います。ANAYIのブランドとして顔になるものをつくっていこうという思いで、トップメゾンに愛されているツイードメーカーさんに別注依頼を始めました。お取引しているツイードの生地メーカーは、国内では尾州産地、海外ではパリ郊外や南フランスが中心なのですが、実際に現地に足を運んで打ち合わせを重ねて、その場で糸を変えて織っていただきながら、経糸緯糸を決めていきました。凝れば凝るほど生地値は上がっていくので、そのバランスを見ながら。この生地づくりの工程がもっとも時間と労力がかかるのですが、私自身、生地をつくるのが好きなこともあって、毎回楽しみながらつくっていた記憶があります。
ブランドが大切にしていること
つねに考えつづける。
ANAYIがANAYIらしく
あるために。
これまで皆さんが大切にしてきたことはなんですか。

K.T.
あきらめない粘り強さですね。自分は手を尽くしたのか。これが最善の手段なのか。自ら問いただすことを心がけてきました。生産管理は、企画、パタンナーが心を込めてつくりあげたものを、最終的に仕上げてお店に届ける役割。とにかく手を抜かずに一生懸命やるということにこだわっています。品質を守りながらコストを抑えるために何ができるか。店頭での動きに応じて納品を早めるにはどうするか。縫製工場との連携が欠かせません。パートナー工場は、創業期からお付き合いしているところも多く、お互いに成長しながら、発展できるような関係ができあがっているように思います。

N.K.
パタンナー個人としてはいかに立体的できれいなシルエットをANAYIらしく出せるかに重きを置いています。ベースとなる商品の売れ行きが良く、素材を変えて追加生産になった場合はクオリティをキープしながらも臨機応変に持ち場持ち場で最善策を考えるというのは、みんな共通しているところかもしれないですね。

K.T.
とくに私たちは大量生産をするブランドではないので、追加生産があった場合は、まったく同じインポートの生地を扱うのが難しいケースもあります。納期との兼ね合いも考えながら、ANAYIとして納得のいく仕上がりになる生地を見つけるのが難しいところ。逆に売れ行きが良くなければ何を足したらいいか、つねに考えつづけます。

K.E.
デザイナーとしては、知的でエレガントな女性像をめざして、素材やプリントを選ぶことを大事にしています。今の空気感やトレンドをどう取り入れてANAYIらしくこなすのかを考えてデザインしています。

K.T.
ファストファッションの台頭や、リーマンショックなど、目まぐるしく変化する社会情勢の中、それらを除いて大きく売上が落ち込むことなく、ゆるやかに成長をつづけることができたのは、ブランドとして大切にしていることを、ブレずにつづけてきたから。東日本大震災によって、重要な縫製工場に大きな被害がでたこともあれば、新型コロナ感染症による百貨店の休業が相次いだことも。苦しい思いをした時期もありましたが、一貫して大幅な値下げや、価値を下げることをせず、下を見ずに、上を目指したものづくりを続けてきたから、いまのANAYIがあるのだと思います。
服づくりにおいて、他のアパレルとの違いはありますか?

K.E.
服づくりの進め方にも、大きな違いがありますね。多くのブランドは展示会ベースでものをつくり、差し込みといってシーズン中に追加する商品はごく一部。ANAYIの場合は、年2回の展示会以外のところで、月ごとに構成をしなおし、臨機応変に差し込みをしていく。ひとつ出来上がったら終わり、ということはなく、何かしらの手をつねに加えていきます。

N.K.
臨機応変に対応するために、最速1週間で納品することもありました。工場さんもとても協力的で、午前中にパターンデータを送ったら、翌日にはサンプルが上がってきたことも。先ほどT.K.さんが、「あきらめない粘り強さ」と言っていましたが、「そんなのできない」と決めつけずに動く。このあたりもANAYIらしいところですね。

K.T.
検討会が3回もあるのも特徴的ですよね。創業当初は初めに上がったファーストサンプルをそのまま社長に見せていましたが、本検討に入る手前で企画のメンバーでチェックする「前検討」をするようになって、その後、本検討でのフィードバックを踏まえて「後検討」も行うようになりました。自分たちで考えてより良い仕上がりを目指すために、そのように変化していったのだと思います。

K.E.
検討会が終わっても、検討自体は頭の中でずっと続きます。「もっとこうしたらよくなるのでは?」と私たちデザイナーもつねに考え続けますけれど、誰よりもいちばん服のことを考えているのは社長かもしれません。サンプルの段階でもそうですが、現物ができあがった後も、「あれ、どうなった?」とずっと気にかけてくれています。
ブランドが目指す姿
つねに新しさを求めて。
前へ前へと走りつづける。
2024年には新ブランドSA VILLE / SA VIEが
立ち上がりました。このあたりの背景も教えてください。

K.E.
エレガントなANAYIとは違った視点の女性像があってもいいのでは?と思い描いて立ち上げました。ただ美しいだけの女性では終わらない。強さ、知性に加え、センシュアルさを醸し出すブランド。メンズライクな服を再構築したラインが基本です。

N.K.
ANAYIが立ち上がった初期の頃はシャープな服も多かったんですが、ある時期から甘めのテイストが増えていったんですよね。SA VILLE / SA VIEは、シャープな今を生きる女性像。E.K.さんの好きそうなお洋服だなというのが第一印象でした。

K.E.
百貨店のバイヤーさんに説明する時によく言うのですが、ANAYIはカップアンドソーサーでアフタヌーンティーを楽しむ女性のイメージで、SA VILLE / SA VIEは片手にブラックコーヒーを持った、自立した女性のイメージです。そんな違いがありますね。

N.K.
こうきたか!という意外性もありましたが、まったく異なるテイストで、E.K.さんが楽しんでつくっている感じがします。
ブランドを取りまく環境もつねに変わり続けています。
ANAYIとしては今後どんな挑戦をしていきますか。

K.E.
コロナ禍以降、とくに感じるのがSNSやECの台頭。情報源がファッション誌からSNSに変化して、SNS映えするかどうかも服選びの基準のひとつになっています。一方でトレンドに関係なく、自分の好きな服を自由に着られる時代にもなってきたと思います。ライフスタイルの変化、価値観の変化に対して、ANAYIもまたANAYIらしさは保ちつつも、つねに新しさは追求していきたいと思っています。質の良さ、品の良さがありながら、それでいて「今」を感じる雰囲気も持ち合わせている。そのあたりをどう表現するかが、いちばん難しいところですね。

N.K.
服が売れなくなったとされる時代にも、たくさんのお客さまに選んでいただいて、支持していただいている。それは本当にありがたいことだなと思っています。ANAYIの服を着ると自分に自信が持てて、気分が上がる。そう思っていただける服をこれからもつくっていきたいですね。エレガンスさのなかに、今どきのエッセンスも取り入れながら。そのあたりの美意識を、若いスタッフにも伝えていきたいと思っています。

K.T.
ブランドのストーリーを大切にしながら成長し続けなければいけないと感じています。2028年にANAYIはブランド30周年を迎えます。価格以上の価値を感じていただけるような新鮮な商品企画を、変化を恐れずに作り続けていくことで、さらに成長していけたらいいなと思っています。

K.E.
お客さまの年齢層も徐々に高くなってきていて、娘さんと一緒にお買い物をしてくれる方もいらっしゃいます。世代を超えて「ここの服って素敵」と思ってもらえるような、そんなブランドになっていってほしいですね。
これからの新しい仲間にどんなことを期待しますか。

N.K.
時代が変わって、昔ながらのやり方が通用しなくなっても、服づくりのベースは変わることはありません。基本さえ分かれば、アレンジは自分次第です。デザイナーの求めるシルエットが出せるように、自分の引き出しをなるべく増やしていってほしいですね。「これでよし!」と思ってしまうと成長しないので、頭をつねに柔らかくしてもらいたいです。失敗しないと成長しないので、積極的にいろいろなことに挑戦してほしいと思っています。

K.T.
創業以来一貫して、こだわりのものづくりを続けている。そういった刺激の多い環境で仕事ができるということを魅力に感じてほしいですね。年度、シーズン、月次、週次、日次でつねに変化し続ける仕事のなかで、自身の成長や進化を感じながら、さらなる成長へ向けて行動できることが大切だと思います。

K.E.
美意識を高く保つために、いろいろなことに興味を持ってほしいと思います。ファッションの世界にとどまらず、展覧会に足を運んでアートに触れたり、知らないジャンルの音楽を聴いてみたり。あとはK.N.さんも言っていたように、頭を柔らかくすること。こだわりを持つことも大切な仕事ではあるけれど、自分の考えに固執していては、その先の成長はありません。デザイナーには柔軟性が必要だと思いますね。アパレルの仕事は、本当に面白い仕事。つねに次のシーズンのことを考えて、新しいことに挑戦している。立ち止まることなく、前へ前へと走っているような感覚に近いかもしれません。それを大変と思うか、面白いと思うか。私は後者でしたが、同じ感覚を持って、この仕事を楽しんでくださる方と一緒に働きたいですね。
N.K.
私が入社したのは、サザビーリーグで新規事業部が立ち上がったばかり。まだブランドの名前すら決まっていなかった頃です。今のような社屋もなくて、小さなオフィスの中にテーブルがひとつ、ふたつあるだけ。どんなブランドにするか、前会長と現社長がひたすら熱い議論を交わしていました。私はといえば、パタンナーとして入社したものの、まだ具体的な仕事がなくて。ひたすら来社されるお客さまにお茶を出していた記憶があります(笑)。
K.T.
新しい会社を立ち上げて、新しいブランドをつくる。とにかく成功させるという気持ちが強かったのだと思います。
N.K.
今どきの雰囲気を持ちながらも女性らしさがあって、ハイクオリティ、ハイセンスな服。海外のトップメゾンに引けをとらないブランドをつくるという意識は、その当時から、全員にあったように思います。トップメゾンより手ごろな価格だけれど、生地には妥協しない。ブランドの根幹のところは、すでに固まっていたように思います。
K.E.
私が入社したのは、ブランドが立ち上がった後でした。前職は、ロンドンコレクションに参加しているイギリスのブランドに在籍していたので、物づくりをきちんとしているブランドがいいと考えていたときに出会ったのがANAYI。生地にこだわりをもったいいブランドがあると、知り合いの生地屋さんから教えてもらったのがきっかけでした。実際にお会いして、みなさんのエネルギッシュさに私も衝撃を受けましたね。前会長と現社長の、素敵な服をつくりたいという想いの強さに共感するところがあって入社を決めました。驚いたのが入社1週間後に行われた商品検討会に、前会長も現社長も参加してサンプルを検討していたこと。前職では経営トップが検討会に顔を出すことはなくて、服をお見せするのは展示会のタイミングのみでした。ANAYIの商品検討会では、1点1点デザイナーがプレゼンをするのですが、経営トップが服のつくりの細部までよく見られています。現場からトップまで、服づくりに妥協しない姿勢は、当時も今も変わりません。